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名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)3234号 判決

原告

佐倉清勝

原告

安間澄夫

原告

松井浩一郎

原告

阿部正利

原告

斉藤一記

原告ら五名訴訟代理人弁護士

浅井淳郎

宮田陸奥男

水野幹男

冨田武生

鈴木泉

被告

朝日急配株式会社

右代表者代表取締役

松尾晴實

右訴訟代理人弁護士

山路正雄

右訴訟復代理人弁護士

異相武憲

主文

一  被告は、

(一)  原告佐倉清勝に対し、金一三八万一七九〇円及び内金六九万〇八九五円に対する昭和五四年一月一三日から、

(二)  原告安間澄夫に対し、金一八三万〇五二〇円及び内金九一万五二六〇円に対する右同日から、

(三)  原告松井浩一郎に対し、金七一万三六四八円及び内金三五万六八二四円に対する右同日から、

(四)  原告阿部正利に対し、金一八万一四〇四円及び内金九万〇七〇二円に対する右同日から、

(五)  原告斉藤一記に対し、金二〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する右同日から、

それぞれ支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告斉藤一記を除く原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、各原告に対し、別紙請求債権目録(C)欄記載の原告対応欄の金員及びその内金である同目録(B)欄記載の原告対応欄の各金員に対する昭和五四年一月一三日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、一般区域貨物自動車運送業を営む株式会社であり、原告らは、被告に雇傭され(但し、原告斉藤は、昭和五三年八月二八日に退職)、貨物自動車運転手として勤務しているものである。

2  被告における所定の勤務時間は、午前八時から午後五時まで(うち一時間は休憩時間で、一日の所定労働時間は八時間)であり、被告は原告らに対し、毎月二八日限り前月二一日から当月二〇日までの賃金を支払っている。

3  原告らは、労働基準法(以下「労基法」という。)三六条に定める協定なしで、昭和五一年一一月二一日から同五三年七月二〇日までの間、いずれも被告の指示により、所定労働時間を超える時間外労働(但し、深夜労働を除く。以下同じ。)及び深夜労働(午後一〇時から午前五時までの間の労働)をし、毎月の各労働時間の合計は、別表(略)1ないし5の各(C)欄(時間外労働)及び(D)欄(深夜労働)記載のとおりである。

4  従って、原告らは、被告に対し、前項の各労働時間につき、時間外労働については通常の賃金の二割五分以上の、深夜労働については五割以上の割増賃金請求権を有し、その算定方法は以下のとおりである。

(一) 原告らの賃金のうち労基法三七条二項の、割増賃金の基礎となる賃金は、残業手当、休日出勤手当、家族手当、通勤手当以外のすべてであり、原告らの、前項の期間における各月の割増賃金算出の基礎となる賃金の合計額は、別表1ないし5の各(A)欄記載のとおりである。

ワンマン手当、チャーター手当、市内オーバー回数手当、長距離手当、長距離オーバー手当、帰荷手当は、以下のとおりいずれも割増賃金の基礎となる賃金であって割増賃金に該当するものではない。従って右の各(A)欄記載の金額からこれらを控除すべきではない。

(1) ワンマン手当

一人乗務は、二人乗務よりも多くの緊張を強いられ労働の質が過重となるため支給されるもので、被告では一人乗務が原則で二人乗務は皆無に等しいため、運転手に一律に支給される。従って割増賃金ではない。

(2) チャーター手当

チャーター先で従事する労働の質と量に応じて決められ、定額支給で、被告では本給と同様、チャーター手当の増額を昇給と解釈してきたものであるから、割増賃金ではない。

(3) 市内オーバー回数手当

一日の一定のノルマ回数を超えると超えた回数がこの手当の対象となるが、この回数は月の総合計で決められ、ノルマ回数に達しない日があると、その回数分だけ手当が差し引かれるのであって、労働の質と量に応じて支給されるもので、割増賃金ではない。

(4) 長距離手当、長距離オーバー手当

専ら運転距離に応じて支給され、一労働日における労働時間の長短に応じて支給されているわけではない。長距離乗務の労働の質と量を考慮するものであって割増賃金ではない。

(5) 帰荷(かえりに)手当

帰荷を積んで走る運転手の労働の質、すなわち空車の場合に比べて運転手の緊張度が高いことを考慮して支給されるものであって、たとえば東京からの場合三六〇〇円、大阪からの場合二四〇〇円というように専ら距離に応じて一律に決まっており、帰荷を積むための時間を考慮したものではないから、割増賃金ではない。

(二) よって、原告らに支払われるべき一か月当りの割増賃金の算出方法は、別紙「原告主張の計算式」のとおりであり、その結果は別表1ないし5の各(E)欄記載のとおりである。

(三) しかるに、被告は、原告らに対し、残業手当として別表1ないし5の各(F)欄記載の金額を支払ったのみであり、前項の金額からこれを控除すると、原告らの主張する期間の毎月の割増賃金の未払額及びその合計額は別表1ないし5の各(G)欄記載のとおりである。

なお、前記のとおり、ワンマン手当、チャーター手当、市内オーバー回数手当、長距離手当、長距離オーバー手当、帰荷手当は、いずれも割増賃金でははないから、原告らがこれらの諸手当の支給を受けているとしても、算出した別表の各(E)欄記載の割増賃金から、これらを控除すべきではない。また、大型長距離の場合、「粁計給与算出表」に基づく歩合給に割増賃金が含まれていたとしても、その部分を特定できないとすれば、その支給は法の趣旨に照らし違法である。

5  前記のとおり、被告は労基法三七条に違反しているのであるから、同法一一四条により、原告らは、右割増賃金の未払金が金一〇〇万円を超える場合には金一〇〇万円を上限として、これと同額の附加金の支払命令を請求する。

よって、原告らは、被告に対し、賃金債権に基づく別紙請求債権目録(B)欄記載の各原告対応欄の割増賃金の未払金(原告佐倉、同斉藤については未払金の内金)及び労基法一一四条に基づくこれと同額の附加金との合計額である同目録(C)欄記載の各原告対応欄の金員ならびに同目録(B)欄記載の各原告対応欄の各内金に対する訴状送達の日の翌日である昭和五四年一月一三日からそれぞれ支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実のうち、労基法三六条に定める協定を締結していなかったことは認める。原告らの時間外労働時間数及び深夜労働時間数は、別表6ないし10の各(C)欄(時間外労働)及び(D)欄(深夜労働)のとおりである。

従って、これと別表1ないし5の各(C)・(D)欄と一致する部分については認める。

なお、被告では、時間外労働及び深夜労働の時間について、一〇分未満は切捨て、一〇分以上四〇分未満は〇・五時間、四〇分以上は一時間と計算している。

4  同4(一)の事実のうち、原告らの賃金のうちで、残業手当、休日出勤手当、家族手当、通勤手当が割増賃金の基礎となる賃金に算入されない賃金であることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告は、原告ら主張の期間、給与規定に基づき賃金及び割増賃金を算出してきたが、賃金項目のうち、割増賃金の基礎となる賃金に該当するのは、基本給、乗務手当、頓手当、精皆勤手当、無事故手当、中古車手当のみであり、原告らの各月の右の合計額は別表6ないし10の各(A)欄記載のとおりである。

ワンマン手当、チャーター手当、市内オーバー回数手当、長距離手当、長距離オーバー手当、帰荷手当は、以下のとおり、いずれも労基法三七条一項の割増賃金に該当するものであり、割増賃金の基礎となる賃金には算入されない。

(1) ワンマン手当

一人乗務の場合、労働が時間外に及ぶことが多く、それに伴い労働の質が過重となることが多いため支給される割増賃金である。なお、被告が二人乗務を指示した場合はワンマン手当を支給しているが、本人から特に二人乗務の申出があった場合は右手当を支給していない。

(2) チャーター手当

二トン専属班、四トン専属班、新聞班(中日新聞の配送の仕事)に属する運転手に支給されるものであるが、荷主側の時間指定、配車であることから、毎日出社が早く、帰社が遅くなり、時間外労働が常態となるため、計算の簡略化、一般的平均化のために定額とした割増賃金である。

(3) 市内オーバー回数手当

八時間労働で通常可能とされる標準的仕事量(回数)を超えた場合、その分は実質的に時間外労働とみなして支給される割増賃金である。

(4) 長距離手当、長距離オーバー手当

長距離乗務の場合、労働が時間外に及ぶことが多くそれに伴い労働の質が過重となることが多いため、距離に応じて支給される割増賃金である。

(5) 帰荷手当

帰荷を積んで帰る場合、帰荷を積むための時間を時間外労働とみなして支給される割増賃金である。

(6) 大型長距離の場合

別紙給与規定表の「粁計給与算出表」に基づき支給され、この運走距離により算出するもので、その中に割増賃金を含んでいる。

5  同4(二)は否認する。原告らに支払われるべき一か月当りの割増賃金の算出方法は、別紙「被告主張の計算式」(割増賃金の基礎となる賃金の範囲を除いて、計算方法は原告らの主張する計算方法と同じである。)のとおりであり、その結果は、別表6ないし10の各(E)欄記載のとおりである。

6  同4(三)の事実のうち、残業手当として、少なくとも原告主張の金額を被告が原告らに対し支払ったことは認めるがこれのみではない。割増賃金分として毎月被告が原告らに支払った金額は、別表6ないし10の各(F)欄記載のとおりである。

すなわち、原告ら各人の月額給与から、前記の割増賃金の基礎となる賃金及び右賃金に算入されない家族手当、通勤手当を控除した金額がこれに該当するものである。

7  同5の事実は争う。

三  抗弁及び被告の主張

1  (賃金項目の設定及びその内容の修正に原告ら従業員の意思が反映されていたこと並びにこれに基づく支払の承認)

被告は、小規模な個人企業から成長した会社で、法人組織になってから歴史が浅い上、運送業務の内容も多種多様で、その時間的・場所的条件は荷主の指示によって決められ、被告の裁量の余地が殆どないことから、賃金体系などの諸制度が整備されていない状況にあったが、経営の状況に応じ、従業員の賃金総額が同業他社において通常の時間外労働等をした場合においては支払を受ける賃金総額(割増賃金を含む)に相当する額もしくはこれに劣らない額になるよう考慮し、その都度、班会議における従業員の意思を反映させて賃金項目の設定及びその内容の修正を行なってきた。そして、本件紛争に至るまで、毎月の賃金受領の際原告ら従業員から不満や異議の申立は一切なかったから原告らは、被告の従前の給与規定に基づく賃金項目や算出方法について承認していたというべきである。

右のように、被告において順次形成されてきた各種賃金項目及び賃金協定により割増賃金は実質的に保障されており、かつ、原告らもこれを了承していたのであるから割増賃金の支払につき労基法に照らし不備な点があったとしても、被告の右賃金制度は労働者に特段の不利益を与えるものでない以上、尊重されるべきである。

2  (「確認ならびに協定書」による支払ずみの確認)

原告斉藤を除く原告らは、被告と朝日急配労働組合(以下、「朝日労組」という。)間の昭和五三年七月一五日付「確認ならびに協定書」(以下「本件協定書」という。)に署名捺印することにより、被告に対し、同月三一日までの右原告らの時間外労働及び深夜労働に対する労基法所定の割増賃金が、被告の従前の給与規定によるチャーター手当、市内オーバー回数手当、長距離オーバー手当、残業手当等の賃金項目によって全額支払ずみであることを確認し承認した。

3  (原告斉藤の退職の際の債権債務のないことの確認)

原告斉藤は、昭和五三年八月九日に社内で傷害事件を起こし、同月二八日に退職し、被告との間で被告に対し、何らの債権債務のないことを確認した。

4  (信義則違反、公序良俗違反)

原告らは、全国運輸一般労働組合朝日急配支部(以下、「支部」という。)の組合員であるが、本件協定書記載の内容を承認し、任意に署名捺印したにもかかわらず、昭和五三年八月末に愛知県地方労働委員会に救済申立をするとともに、組合の組織防衛のため被告に対する闘争、攻撃脅迫いやがらせの手段として本訴をあえて提起するに至ったもので、原告らの本訴請求は信義則、公序良俗に反し許されない。

四  抗弁及び被告の主張に対する認否

1  抗弁及び被告の主張1の事実のうち、被告における各従業員の賃金総額が同業他社並み、もしくは、これに劣らない額であったこと、班会議において賃金についての話し合いがあったこと、原告らが賃金項目やその算出方法について承認していたことは、否認する。班会議での話し合いがあったとしても、話し合いをしたことにより、一定の賃金が割増賃金となり、これにより割増賃金が支払われたことになるのであれば、労基法自体がその存在意義を失うというべきである。

2  同2の事実のうち、原告斉藤を除く原告らが本件協定書に署名捺印したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件協定書は、昭和五三年度夏季一時金に関する協定の効力しか有しない。

仮に、本件協定書の趣旨が被告主張のとおりであるとしても、本件協定書による確認は、強行法規である労基法三七条に違反し無効である。

3  同3の事実のうち、原告斉藤が昭和五三年八月九日に傷害事件を起こし、同月二八日退職したことは認めるが、その余は否認する。原告斉藤は、退職時に被告から金四八万一一八二円の支給を受けたが、債権債務のないことを確認した事実はなく、従って、割増賃金請求権を放棄する意思表示もしていない。仮に、同原告が被告に対し割増賃金請求権を放棄する意思表示をしたとしても、それは労基法三七条に違反し無効である。

4  同4は争う。

五  再抗弁

(抗弁及び被告の主張2に対して)

1 公序良俗違反

(一) 原告らの所属する支部は、昭和五三年春闘時、被告に対し、労基法に定める割増賃金の支払を要求した。これに対し、被告は残業手当として一時間当り二五〇円を支給しているのは労基法に違反していない旨回答したため支部は、昭和五三年六月二日に名古屋西労働基準監督署長に労基法違反事実を申告した。同月二六日、被告は、同監督署所属の労働基準監督官から是正勧告を受けたがこれを支部に伝えることなく、次のような策動をした。

すなわち、被告は、昭和五二年度、同五三年度の各年末一時金については支部とも協約を締結したにもかかわらず、同五三年度の夏季一時金については、被告の従業員で組織されている別組合の朝日労組との間でのみ本件協定書記載の協定を含む協約を締結した。そして、被告は支部からの昭和五三年度夏季一時金に関する団体交渉の要求には一切応じないまま、全従業員に対し本件協定書に署名捺印を求め、支部に所属する原告らに対しても本件協定書に署名捺印しなければ昭和五三年度夏季一時金を支給しない旨主張し、署名捺印を強制、強要した。そこで、原告斉藤を除く原告らは、生活維持の必要から右一時金の支給を受けるため、やむなく本件協定書に署名捺印したものである。

従って、本件協定書記載の協定のうち、夏季一時金の支給と引換えに、従業員に対し昭和五三年七月三一日までに発生した割増賃金請求権について権利放棄を確認させる部分は、従業員の窮迫に乗じたもので公序良俗に反し無効である。

(二) また、右のとおり、本件協定書は、被告と朝日労組と間の協定書であって、支部の組合員にはその効力は及ばない。被告は、支部からの昭和五三年度夏季一時金に関する団体交渉の要求を拒否し、支部所属の組合員である原告らに対し、他組合との間の本件協定書に署名捺印することを迫ったのであり、不当労働行為というべきで、本件協定書による承認は、公序良俗に違反して無効である。

2 心裡留保

原告らは、前記のように、夏季一時金の支給を受けるため、やむなく本件協定書に署名捺印したものであり、昭和五三年七月三一日までの割増賃金を全額受領ずみであることを確認する意思もないまま協定書に署名捺印しており、かつ、被告はそのことを了知していたのであるから民法九三条但書により無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1(一)、(二)の事実のうち、昭和五三年六月二六日、被告が名古屋西労働基準監督署所属の労働基準監督官から是正勧告を受けたことは認めるがその余は否認ないし争う。

本件協定書と夏季一時金支給基準表は、同じころ被告と朝日労組との夏季一時金の交渉の過程で作成されたものであるが、全く別個の書面である。しかして、右各書面の写しは昭和五三年八月一二日ころ、支部の組合員たる原告らにも交付され、原告ら支部の組合員らは右各書面の内容について支部として慎重に討議した上、その後、各別に本件協定書に署名捺印し、夏季一時金を任意に受領したのである。従って、被告が夏季一時金の支給と引換えに原告らに本件協定書への署名捺印を強要したという事実はなく、また、不当労働行為でもない。

2  同2の事実は否認する。

第三証拠(略)

理由

第一請求原因事実について

一  請求原因事実のうち、被告が一般区域貨物自動車運送業を営むものであること、原告らは、貨物自動車運転手として雇傭されていること(但し、原告斉藤は、昭和五三年八月二八日に退職していること)、被告における所定の勤務時間が午前八時から午後五時までであり、そのうち休憩時間が一時間一日の所定労働時間が八時間であること、被告は、原告ら従業員に対し、毎月二八日限り前月二一日から当月二〇日までの賃金を支払っていること、被告と原告らとの間で労基法三六条に定める協定を締結していなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  被告における勤務の内容及び賃金体系等について

(証拠略)を総合すると、以下の事実が認められる。

1  被告は、昭和四九年一一月に設立されたが、最初は、昭和三九年五月から被告代表者が個人で荷物運送業を営み、同四〇年三月に合資会社として法人組織となり、これを引継ぎ、被告が同五〇年三月二一日から株式会社としての営業を開始した。経営の規模は、同五二年六月の時点で資本金二〇〇〇万円となり、同五五年の時点で車両約八〇台を所有し、その殆んどが稼働し、従業員は約九〇名で、そのうちの約八〇名は運転手であった。

2  被告の運送業務は、(1)荷主及び行先が必ずしも特定せず一一トンの大型車での長距離運送業務を担当する大型長距離(フリー)班、(2)大型車で特定の荷主の運送業務を担当する大型専属(常傭)班、(3)四トン車で(1)と同じ運送業務を担当する四トンフリー班、(4)特定の荷主(但し、後記(5)を除く)の指示により東海三県などの近郊へ運送する業務を担当する四トン専属(常傭)班、(5)小松製作所の荷物を二トン車及び四トン車の両方で近郊に運送する業務を担当する小松班、(6)中日新聞の朝・夕刊の運送業務を担当する新聞班の六班に分かれていた。

3  被告では、休日は日曜日及び国民の祝祭日で、土曜日も通常通り午前八時から午後五時までが所定勤務時間(うち一時間は休憩時間)であった。

4  被告においては、原告ら主張の昭和五一年一一月二〇日から同五三年七月二〇日まで間(ママ)は、別紙「朝日急配株式会社給与規定」と題する一覧表(以下、「給与規定表」という。)に基づき、各従業員に対し賃金が支払われていた(但し、同給与規定表のうち、四トン車常傭に長距離手当、長距離オーバー手当が支給されることはなく、また、大型車常傭にチャーター手当が支給されることはなく、同表のその箇所の記載は誤りである。)。

そして、賃金項目のうち、本件に関係のある部分については以下のとおりである。

(一) ワンマン手当

被告では、一人(ワンマン)乗務が常態であり、被告からワンマン乗務の指示を受けたのにこれを拒否した場合を除き、会社に出勤すれば乗務しなくとも支給されるもの(乗務手当と同様である。)で、一日一〇〇〇円で計算される。

(二) チャーター手当

近郊の専属(常傭)の運送業務の場合に、後記市内オーバー回数の有無により、月一万円又は二万円支給されるもので、被告ではこの手当の増額を昇給として取扱っていた。

(三) 市内オーバー回数手当

チャーターされた得意先(荷主)ごとに、荷物を積んで一日何回運送するか(空車で帰るときには回数として計算されない。)の基準回数を設定し、これを超えた場合、超えた回数につき、一回一〇〇〇円ないし一二〇〇円支給されるが、一か月のトータルの回数で計算され、右の基準の回数に達しない日があると、その回数分だけ手当が差し引かれる。

(四) 長距離手当、長距離オーバー手当

長距離手当は片道二〇〇キロメートル以上の走行に対し五〇〇円、さらに一〇〇キロメートルを超えるごとに二五〇円ずつ加算されるものであり、長距離オーバー手当は、長距離手当の二倍の額である。

(五) 帰荷手当

目的地に荷物を運送した帰りに、帰荷を積んで走行する場合に支給され、東京からの場合には三六〇〇円、大阪からの場合には二四〇〇円というように定額で定められている。

以上のとおり認められ、これに反する(人証略)の証言部分は採用することができず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三  時間外労働時間数及び深夜労働時間数

前記認定の被告の所定勤務時間を超える午後五時から午後一〇時までの間が時間外労働(但し、後記深夜労働を除外した趣旨である。)、午後一〇時から翌日午前五時までの間が深夜労働ということになる。

昭和五一年一一月二一日から同五三年七月二〇日までの間に原告らのなした時間外労働及び深夜労働の時間数のうち、別表1ないし5(原告ら主張の計算表(一)ないし(五))の各(C)・(D)欄記載の数と別表6ないし10(被告主張の計算表(一)ないし(五))の各(C)・(D)欄記載の数の一致する部分は、当事者間に争いがない(但し、一時間未満の数を別表1ないし5は分単位で、別表6ないし10は時間単位で表示したものである。)。

(証拠略)によれば、被告においては、昭和四九年の設立のころから既に、賃金項目の中に「残業手当」を設け、各従業員の時間外労働の時間数を掌握し、一時間未満の部分については、一〇分未満は切捨て、一〇分以上四〇分未満は〇・五時間、四〇分以上は一時間として計算していたこと、右時間外労働一時間当り二五〇円の残業手当を支給していたこと(この点は当事者間に争いがない。)が認められ、従って、原則としては、賃金台帳に表示されている原告らに支払われた各月の残業手当の額を二五〇円の残業単価で除した数が、原告らの各月の時間外労働時間数ということになるというべきである。

右の方法によって求められた結果と前記当事者間に争いのない部分を併せると、原告ら主張の期間に原告らのなした時間外労働及び深夜労働の時間数は、別表11ないし15(裁判所の認定による計算表(一)ないし(五))の各〈3〉及び〈4〉欄記載のとおりである。

但し、被告主張の時間数が原告ら主張の時間数を超える場合には右の計算方法による結果に関係なく、また、そうでない場合でも、右の計算方法による時間数が原告ら主張の時間数を超えるときには、いずれも原告ら主張の時間数(但し、一時間未満の部分については、前記認定の処理をした数とする。)の限度でこれを認めるべきである。

なお、別表11(原告佐倉)の昭和五二年五月分については同月分の残業手当に「五月分の残金」として翌月支払われた額を加算し、これを二五〇円で除すると、五二時間となるがそのうち一・五時間が深夜労働であると認めるに足る証拠はない。

以上のとおり認められ、右の認定を覆すに足りる証拠はない。

四  割増賃金の算定

1  割増賃金の支払義務

被告は、原告らに対し、前記認定の各労働時間につき、時間外労働においては、労基法三七条一項により、「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」(以下、「通常時間の賃金」という。)の二割五分以上の率で、また、深夜労働においては、右条項及び労働基準法施行規則(以下、「規則」という。)二〇条により、通常時間の五割以上の率で、それぞれ計算した割増賃金の支払義務を負うことになる。

なお、労基法三七条は、同法三六条の協定を締結した適法な時間外労働について割増賃金の支払義務を定めた規定であるが、本件のように右協定が存しない場合にも、当然に右の割増賃金支払義務があると解するのが相当である。

2  割増賃金の算出の基礎となる賃金

被告が原告らに支払った賃金のうち、基本給、乗務手当、頓手当、精勤手当、皆勤手当、無事故手当、中古車手当が割増賃金の基礎となる賃金に該当すること、家族手当、通勤手当、残業手当、休日出勤手当が、これに算入されない賃金(除外賃金)であることは当事者間に争いがない。

そこで、被告が、割増賃金に該当し、算出の基礎賃金から控除されるべきであると主張する、ワンマン手当、チャーター手当、市内オーバー回数手当、長距離手当、長距離オーバー手当、帰荷手当(以下、これらを合わせ「ワンマン手当等の諸手当」という。)について検討するに、これらの諸手当の支給基準は前記認定のとおりであり、これによると、出勤すれば乗務しなくとも支給されるワンマン手当をはじめ、いずれも、時間外労働の時間に着目し、その時間数の多少に応じて支給されているものとは言い難い。また、前記認定のとおり、被告は、各従業員の時間外労働時間数を掌握していたのであるから、その時間数に応じた割増賃金を算出することも可能であったし、時間外労働に対する割増賃金として支給するのであれば、右の方法により支給した方が公平であるというべきである。さらに、このうち同じ時間内での仕事の量(あるいは能率)の多少に着目するものについては、それは、むしろ歩合給(能率給)としての性格をもつというにすぎず、歩合給が同時に割増賃金になるものとは解し難い。

以上を総合すると、ワンマン手当等の諸手当は、いずれも割増賃金であるとはいえず、また、労基法三七条二項及び規則二一条によれば、割増賃金(算出)の基礎となる賃金に算入しない賃金として、家族手当、通勤手当、別居手当等六項目の除外賃金を規定し、かつ、右は限定的列挙であると解せられるところ、右のワンマン手当等の諸手当がいずれもこれに該当しないことは明らかである。従って、本件のワンマン手当等の諸手当は、割増賃金の基礎となる賃金であって、これから控除すべきではないと解するのが相当である。

なお、前掲各証拠によれば、その他に、永栄、中日、大沢等の名目の賃金が、回数又は日数に従い、支給されていることがあること、そのうち永栄はピアノの運送をした場合の手当であることが認められるが、その余は明らかではない。しかしながら、前記の限定列挙された労基法及び規則の除外賃金に該当するものではないと推認することができる。従って、右の諸手当も割増賃金の基礎となる賃金から控除すべきではないと解するのが相当である。

3  通常時間の賃金

通常時間の賃金の計算方法は、規則一九条により詳細に規定されているが、前掲各証拠によれば、原告らに支払われる賃金を同条の区分に従い分類すると以下のとおりであることが認められる。

(一) 日によって定められた賃金(同条二号)

基本給、乗務手当、ワンマン手当がこれに該当し、原告らの各月の一日当りの右合計額は、別表11ないし15の各〈6〉欄記載のとおりである。(但し、前掲各証拠によれば、原告松井の昭和五二年八月から同五三年三月までのワンマン手当が、賃金台帳では一日八〇〇円と記載され計算されているが、一日一〇〇〇円の誤まりであることが認められ、右の〈6〉欄の計算においても一〇〇〇円とする。

また、右の日によって定められた各賃金に乗ずる日数が、月によって、種々くい違っており、その理由は必ずしも明らかではないが、被告の給与規定によると、いずれも日によって定められた賃金であることを否定することはできないというべきである。)

よって、右の別表11ないし15の各〈6〉欄記載の金額を、一日の所定労働時間数である八時間で除して得られた金額が、日によって定められた賃金の一時間当りの通常時間の賃金額ということになる。

(二) 月によって定められた賃金(同条四号)

頓手当、精皆勤手当、無事故手当、中古車手当、チャーター手当が、これに該当し、原告らの各月の右合計額は、別表11ないし15の各〈7〉欄記載のとおりである(但し現実の支給額ということではなく、支給されるべき月当りの金額である。従って、たとえば精皆勤手当は合計、毎月一万円になる。)。

なお、中古車手当については、(人証略)によれば、一日当たりで支給されるような趣旨であるが、前掲各証拠によると、賃金台帳の記載では、一か月に五〇〇〇円支給されているものが殆どであり、かつ日数(又は回数)の記載がないこと、松尾千里も各賃金について必ずしも理解しているとは思えないことからすると、一か月五〇〇〇円の趣旨と認めることができる。

そして、被告では、月における所定労働時間数は、月によって異なるから一年間における一月平均所定労働時間数を算定することになるが、前記認定のとおり、被告の休日は、日曜日及び祭日であり、その余は、すべて八時間労働であるから、一年間の日数(三六五日)から、一年間の日曜日及び祭日を控除した日数を一二か月で除し、これに一日の所定労働時間数である八時間を乗じた時間数であるというべきであり、これを計算すると二〇〇時間となる。

よって、右の別表11ないし15の各〈7〉欄の金額を二〇〇時間を除して得られた金額が、月によって定められた賃金の一時間当りの、通常時間の賃金ということになる。

そして、前記の、日によって定められた賃金の一時間当りの通常時間の賃金額と右金額の合計額は、別表11ないし15の各〈9〉欄記載のとおりである。

(三) 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金(同条六号、以下「歩合給」という。)

これに該当するのは、市内オーバー回数手当、長距離手当、長距離オーバー手当、帰荷手当その他、割増賃金の基礎となる賃金のうち、右の(一)、(二)を除くすべての手当というべきであり、その各月合計額は、別表11ないし15の各〈8〉欄記載のとおりである。

また、総労働時間数は、原告らが各月に勤務した日数(別表11ないし15の各〈1〉欄。但し、基本給の支給日数を基準とする。)に一日の所定労働時間数(八時間)を乗じて得られた時間数(同表の各〈2〉欄。)に、前記認定の時間外労働時間数(同表各〈3〉欄)及び深夜労働時間数(同表各〈4〉欄)を加算して求められ、別表11ないし12の各〈5〉欄記載のとおりである。

そして、原告らが各月に支給を受けた歩合給の合計額を総労働時間数で除して得られた金額は、別表11ないし15の各〈10〉欄記載のとおりである。

4  割増賃金の計算

以上を前提とすると、原告らが本来受取るべき割増賃金の計算方法は、別紙「裁判所の採用する計算式」記載のとおりであり、これによって得られた各月の金額は、別表11ないし15の各〈11〉欄記載のとおりである。

5  割増賃金の未払額

被告の支払った割増賃金(残業手当)につき、原告らの主張する限度の額では当事者間に争いがない。そして、前記認定のとおり、ワンマン手当等の諸手当は割増賃金には該当しないというべきであるから、算出された右割増賃金から控除すべきではないことは明らかである。右争いのない部分と前掲各証拠によって認められるものを総合すると被告の支払った割増賃金の額は、別表11ないし15の各〈12〉欄記載のとおりである。従って、原告らが各月に受取るべき割増賃金の未払額は、右を控除した金額であり、同表の各〈13〉欄記載のとおりである。

但し、右の各月の金額が原告らの求める金額を超える部分については、原告らの求める限度で認められるべきであり、右の部分は、別表12ないし14の各〈14〉欄記載のとおりである(その余は各〈13〉欄のとおりである。)。

よって、各月の未払額の合計は、原告佐倉においては金六九万〇八九五円、同安間においては金九一万五二六〇円、同松井においては金三五万六八二四円、同阿部においては金九万〇七〇二円、同斉藤においては金一六〇万九九八四円(但し、合計額のうち同原告の求める限度では金一〇〇万円)になる。

なお、別表11ないし15の各〈1〉ないし〈14〉欄の算出方法は、別紙「裁判所認定による計算表(別表11ないし15)の説明書」のとおりである。

第二抗弁及び被告の主張について

一  同業他社並みの賃金総額の支給により実質的に割増賃金が保障され、原告らがこのような支給の方法を異議なく承認していたとの主張(抗弁及び被告の主張1)について

(証拠略)を総合すると、以下の事実が認められる。

被告には、昭和五三年七月まで成文化された給与規程はなく、原告ら主張の期間は、別紙給与規程表により賃金が計算されていた。そして、原告らが雇傭される際には、同表を示さず、口頭で賃金総額、及び残業手当として一時間二五〇円支給される旨などの概略の説明がなされた程度であった。原告ら従業員は、同五三年七月に給与規程が改正になるまで、賃金についての書面の交付を受けたことはなかった。そして賃金について従業員と話し合いないしその意見を聞いたことがないことはなかった(大型フリー班の大型キロ数給与計算説明会)が、その余の賃金につき、従業員の意見を聞いて話し合いのうえ決定されるということはなかった。従業員らによる班会議は、一か月ないし二か月に一回開催されていたが、その場では車両の取扱い方や、現場の種々の不満について話し合い、また、新しくその班へ入ってきた者の紹介の程度で賃金に関する話し合いがなされてはいなかった。また、被告における原告らの支給された賃金総額は、同業他社の平均賃金に比して劣るものではなかったが、被告においては、右の平均賃金算出の基礎たる平均労働時間数(時間外労働時間数)に比して、時間外労働時間数がかなり多く、これを前提とすると、同業他社の平均賃金並みということはできず、これを下回るものであった。そして、原告らは、昭和五二年一二月に支部を結成し、同五三年四月の春闘のころから、残業手当を労基法所定のとおり支払うよう被告に対し、要求してきた。

以上のとおり認められ、右認定に反する(人証略)は前掲各証拠に照らし採用できない。従って、右事実に照らし、被告の右主張は、理由がないというべきである。

また、そもそも労基法三七条の割増賃金制度の趣旨は、割増賃金の支払を義務づけ強制することにより、長時間の労働、休日労働、深夜労働を間接的に抑制し、もって労働者の人間らしい生活の確保を図るのと同時に、労基法上、例外的に認められるこれらの労働が労働者の自由な時間を奪い、肉体的・精神的により多くの負担を与えることを考慮し、これに対する補償を十分になさしめようとすることにあると解するのが相当である。従って、労基法は、割増賃金の算定について同法所定の計算方法で厳格に算定されることを期待しているというべきであり、仮に賃金総額が同業他社並みあるいはこれに劣らないものであったとしても、そのことのみで直ちに労基法所定の割増賃金の支払義務を免れると解することはできない。すなわち、労基法の趣旨からすると、賃金のうち、割増賃金に該当する部分が明確に区分され、かつ、これが全従業員に周知徹底され、さらに、これによる支払が同法所定の計算方法により計算された割増賃金の額に比して、各従業員の不利益にならないことが客観的に明白であるというような特段の事情がない限り、労基法所定の割増賃金の支払義務を免れることはできないと解するのが相当である。

従って、右の特段の事情が存在するとは認められない本件においては、原告らが毎月異議なく賃金を受領してきたとしても、被告が労基法所定の割増賃金の支払義務を免れることができないというべきである。また毎月の賃金を異議なく受領していたことをもって直ちに、労基法所定の割増賃金債権の放棄の意思表示とみることができないのみならず、仮に放棄の意思表示とみることができたとしても、右の特段の事情が存在するなど、放棄の意思表示が労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存しない限り無効というべきであり、本件では右合理的理由も認められないから、いずれにせよ、被告の右主張は理由がない。

二  本件協定書への署名・捺印の効力(抗弁及び被告の主張2)について

本件協定書に、原告斉藤を除く原告らが署名捺印したことは当事者に争いがない。

(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

原告らの所属する支部は、昭和五三年春闘時、被告に対し労基法所定の割増賃金の支払を要求したが、被告は、残業手当として一時間につき二五〇円を支給しているのは同法に違反するものではない旨回答した。そこで、支部は同年六月二日に、名古屋西労働基準監督署に申告したところ、同月二六日、同監督署所属の労働基準監督官から被告に対し、是正勧告がなされた。是正勧告の内容は、いわゆる三六協定を締結しないで行なわせる違法な時間外労働の是正、時間外労働等に対する割増賃金の不払の是正等であり、是正期日は同月三〇日とする旨のものであったが、その内容については、被告から支部に伝えられなかった。

また、支部は、昭和五三年度夏季一時金等に関し、要求書を提出し、同年六月及び七月に団体交渉を被告に申入れたが被告が誠意をもってこれに応ぜず、交渉は進展しなかった。そして、同年七月一五日、被告と朝日労組は、同年度の夏季一時金について協定し、その際、前記の是正勧告のあった事項について本件協定書を取り交した。その内容のうち、昭和五三年の労基法所定の割増賃金については、被告のチャーター手当、市内オーバー手当、長距離オーバー手当、残業手当等の各種名目で支払い、朝日労組及び同組合員はこれを受領し、全額支払ずみであることを確認するというものであった。一方、被告と支部との間では、昭和五二年度及び五三年度の各年末一時金については協約が締結されたにもかかわらず、同五三年度夏季一時金については協約が締結されなかった。そして、被告は、同年八月一二日、支部の組合員である原告ら個々人に対し、右の被告と朝日労組との間の本件協定書を示し、これに署名捺印しなければ夏季一時金は支給しない旨述べた。原告ら支部の組合員は協議をしたが、生活のため、やむを得ず、原告斉藤以外の原告ら(但し、原告阿部は、支部組合員らが協議をする以前に署名捺印した。)は、本件協定書に署名捺印し、被告の示した夏季一時金を受領した。そして、同年九月六日、支部は、被告に対し、本件協定書に支部組合員が署名捺印したのは強制によるものである旨の通知をした。

以上のとおり認められ、これに反する(人証略)は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の事実を前提に、本件協定書の署名捺印の効力を判断するに、労基法三七条の趣旨は、前記のとおりであり、これによると、同条の割増賃金の支払義務は、強行法規というべきであり、これを免れる旨の労使間の合意があった場合、直ちに右合意を有効とすれば、同条の趣旨は没却されることになりかねないというべきである。従って、前記のとおり、賃金のうち割増賃金に該当するという部分が、割増賃金としての実質を有し、かつ明確に区分されており、これが全従業員に周知徹底され、さらに、これに基づく割増賃金額が労基法所定の計算額に比し、各労働者の不利益にはならないことが客観的に明らかであるなど、右の合意が労働者の自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しない限り、その合意は無効と解するのが相当である。従って、右の合理的理由が客観的に存在すると認められない本件協定書に基づく合意は無効と解すべきである。従って、被告の右主張は理由がない。

なお、時間外労働の時間数を確定しがたいような場合、なんらかの名称を付して、割増賃金を一律にないし定額で支払う旨の取扱いがなされる例があることは想像に難くないが、被告では、各従業員の時間外労働時間数を掌握していたのであるから、あえて、そのような方法を採らないで、その計算をすることも可能であったというべきである。

三  原告斉藤の退職時の債権債務の存在しないことの確認(抗弁及び被告の主張3)について

被告の右主張の事実のうち、原告斉藤が昭和五三年八月九日に傷害事件を起こし、同月二八日に退職したことは当事者間に争いがない。

右争いのない事実に、(証拠略)を総合すると以下の事実が認められる。

訴外伊藤勝利整備係長(以下、「伊藤係長」という。)は、小松班の原告斉藤が小松班から大型フリー班への変更を希望している旨の書面を作成し、班長会議へ提出していたが、昭和五三年八月九日、原告斉藤は、伊藤係長が勝手にこの書面を作成したとして伊藤係長を殴打する等の暴行をし、これにより、同月二八日に退職した。そして、退職時に、原告斉藤は、八月分給与差引分二九万五一八二円、退職金積立金九万円、その他九万六〇〇〇円の合計四八万一一八二円を受領した。そして、退職届を作成し被告に提出したが、右の退職届には、退職以後は、支部及び被告とは何ら一切の関係のないことを申し述べて確認する旨の文言の記載はあるが、その際、被告との間で、本件割増賃金についての話は全く出なかった。

以上のとおり認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

右事実を前提とすると、右退職届の記載は、原告斉藤が被告との間で、本件割増賃金債権をも含む一切の債権債務の存しないことを確認した趣旨と認めるのは相当でない。ことに、本件割増賃金についての話題が出されておらず、これを念頭においていたとも認められないのであり、右記載をもって放棄の意思表示ということはできない。また、仮にそれが放棄の意思表示を含むものであるとしても、賃金債権放棄の意思表示は、それが労働者の自由な意思に基づくものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在しない限り無効と解するのが相当であるところ、本件においては、前認定の原告斉藤の退職の経緯等、諸般の事情を総合勘案しても、右合理的理由が客観的に存在すると認めるには足りず、有効な放棄の意思表示とはいえないというべきである。

よって、被告の右主張は採用できない。

四  原告らの請求が信義則あるいは公序良俗に違反するとの主張(抗弁及び被告の主張4について)

原告らが本件協定書に署名捺印した経緯及び効力は、割記認定のとおりであって、これによると被告らに対し割増賃金の支払を求める本訴請求が信義則あるいは公序良俗に反するということができないのは明らかであり、他に信義則あるいは公序良俗に反すると認めるに足るべき事実を認定しえない。

被告の右主張は採用のかぎりでない。

第三附加金の支払命令の請求について

被告が労基法三六条の協定を締結することなく、原告らに時間外労働及び深夜労働を行なわせ、同法三七条に定めた割増賃金の支払を怠っていることは、前記認定のとおりである。被告に右のような割増賃金の未払額の支払義務がある以上、その未払につき被告の責に帰することを不相当とするような事情がない限り、附加金の支払を免かれないと解すべきであるところ、本件で認定した一切の事実(事情)を考慮しても右のような事情に該るとはいえず、被告は、前記認定の未払額と同額の附加金を支払うべき義務があると認められるから、当裁判所は、そのうち原告らの請求(合計額)の範囲内においてこれと同額の附加金の支払を命ずることとする。

第四結論

よって、その余の点を判断するまでもなく、被告は、原告佐倉に対する関係で前記認定の割増賃金の未払金六九万〇八九五円、同安間に対する関係で前同様未払金九一万五二六〇円、同松井に対する関係で前同様未払金三五万六八二四円、同阿部に対する関係で前同様未払金九万〇七〇二円、同斉藤に対する関係で前同様未払金一六〇万九九八四円のうち同原告が支払を求める金一〇〇万円及び右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和五四年一月一三日から各支払ずみまで、雇傭も付属的商行為というべきであるから、いずれも商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金並びに各原告につき右の未払金(但し、原告斉藤は一〇〇万円の限度)と同額の附加金を支払うべきであり、従って、原告斉藤の本訴請求は全部理由があるからこれを認容し、その余の原告らの本訴請求は、右認定の限度で理由があるからこれを認容するが、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川端浩 裁判官 棚橋健二 裁判官 山田貞夫)

請求債権目録

〈省略〉

粁計給与算出表

〈省略〉

別紙 朝日急配株式会社給与規定

〈省略〉

原告主張の計算式

〈1〉 (A)割増賃金の基礎となる賃金の合計額=月額給与-(残業手当+休日出勤手当+家族手当+通勤手当)

〈2〉 (B)割増賃金の基礎となる賃金の一時間当りの賃金=(A)/1日の所定労働時間×各月の勤務日数

〈3〉 (E)割増賃金=(B)×(1.25×時間外労働時間(C)+1.5×深夜労働時間(D))

〈4〉 (G)割増賃金の未払額=(E)-(F)会社の支払った残業手当

被告主張の計算式

〈1〉 (A)割増賃金の基礎となる賃金の合計額=月額給与-(残業手当+休日出勤手当+家族手当+通勤手当+ワンマン手当+チャーター手当+市内オーバー回数手当+長距離手当+長距離オーバー手当+帰荷手当)=基本給+乗務手当+頓手当+精勤手当+皆勤手当+無事故手当+中古車手当

〈2〉 〈3〉の計算式は,原告主張の計算式〈2〉,〈3〉と同じである。(但し,別表6~10の(B')欄記載の金額は,(B)×1.25で得られた金額である。)

〈4〉 (F)会社の支払った残業手当分=上記〈1〉の月額給与から控除されるもののうち,家族手当・通勤手当を除くすべての合計額(但し,その他の永栄手当,マイクロ手当,大沢手当等上記以外の手当も加算する。)

裁判所の採用する計算式

(1) 時間外労働に対する割増賃金

〈省略〉

(2) 深夜労働に対する割増賃金

上記(1)の計算式の1.25を1.5とし,0.25を0.5とし,時間外労働時間数を深夜労働時間数に置きかえた計算式による。

裁判所認定による計算表(別表11ないし15)の説明書

〈省略〉

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